KNOCK OUT年末恒例のビッグマッチ、12.30代々木大会。
本大会の注目試合を 名だたる格闘メディアにコラム執筆を依頼、
今回はバウトレビュー 井原芳徳氏によるコラムを公開いたします。
バウトレビュー
井原芳徳氏には KNOCK OUT-BLACKウェルター級タイトルマッチ
「中島玲vsユリアン・ポズドニアコフ」がどう映るのか。是非ご覧ください。
「ボクシングからキックボクシングに転向、挫折、再起へ。王者 中島怜の“挑戦”を見守る一戦」
11月24日、ボクシングのWBC世界バンタム級王座決定戦で、那須川天心は井上拓真に判定負けし、キックボクシング時代からのプロの公式戦での連勝記録が54で途絶えた。キック時代から天心を見ていた多くの人たちは「ついにこの日が来てしまったか」と思ったことだろう。
キック界では無敵だった天心だが、子供のころから体に沁みついた蹴り技がボクシングでは封印され、コンビネーションやフェイントも一から作り直さないといけなくなった。パンチの打ち方一つ取ってもスタンス、シューズの有無の違い等で別物になる。ラウンド数も中距離走とマラソンぐらいの差がある。天心はボクシングデビューから約2年半、8戦目で初の12Rだったが、10年前から12Rの戦いを何度も経験している井上拓真の試合運びは何枚も上手で、序盤戦は快調だった天心は次第に翻弄され、ポイントで大差をつけられ判定負けした。
9月には武居由樹もボクシング転向12戦目で初黒星を喫した。RISEとK-1の生んだ2人の天才でさえ壁にぶち当たるのだから、ほかの転向選手ならより苦労するのも当然だろう。
前置きが長くなったが、12月30日のKNOCK OUTに出場する中島玲は、天心や武居とは逆に、ボクシングからキックボクシングに転向し苦労している選手の一人だ。約60年のキックボクシングの歴史をさかのぼれば同様の選手は数知れず、たいてい転向直後は足をローキックで削られ、ミドルキックで腕を潰され、パンチを振り回しても届かず、首相撲で膝をもらうのがお決まりの敗戦パターンだ。
中島は高校時代にボクシングを始め、23年4月に日本スーパーウェルター級暫定王者となる。昨年24年3月、K-1の-70kg世界トーナメントという大舞台でいきなりキックデビューしたが、キック経験豊富なロシア人のヴィクトル・アキモフに2R KO負け。その後はKNOCK OUTに参戦し、6月にバズーカ巧樹に3R TKO勝ち、10月に漁鬼に判定勝ち、12月に渡部太基に1R右フックでKO勝ちし、4戦目でKNOCK OUT-BLACKウェルター級となった。


中島の場合、子供のころに空手を習っていたため、蹴りへの免疫はあるとはいえ、プロの世界はそれらの“貯金”では通用しない。それが如実に現れたのが今年4月のユリアン・ポズドニアコフ戦だった。
ポズドニアコフはタイのムエタイの名門シッソンピーノンジムで日々練習するウクライナ人。1Rから左ミドルキック、膝蹴りを度々当てる。中島は1Rこそパンチを強打していたが、2Rにはパターンを読まれるように。中盤、ポズドニアコフが左ハイで中島の右まぶたを切り裂くと、ボディへの左膝を当て続けてから、終盤、左膝を顔面に当てダウンを奪う。中島はダメージが大きく、3Rもポズドニアコフの膝に苦しみ大差の判定負け。中島は「ムエタイの洗礼を浴びました」と話し肩を落とした。


ポズドニアコフは中島の王座を懸けた再戦を要求し、中島も承諾し6月の代々木大会での王座戦が組まれたが、中島は負傷欠場し、ポズドニアコフは中島の代役の漁鬼を圧倒し判定勝ちした。中島は8月、大阪から上京しKNOCK OUTクロスポイント渋谷に練習拠点を移す。10月大会での再起戦で小川悠太に判定勝ちすると「年末、みんなが見たいのは再戦でしょ」とアピールし、山口元気プロデューサーもゴーサインを出した。
中島は「小川戦で蹴りが使えるのをみんな分かってくれたと思います。あとはこの前見せきれなかったパンチも混ぜてしっかり倒します。ユリアン戦の前にいい経験ができました」と話した。6月の早期再戦よりも1試合挟んだことは中島にとって好材料となる。

その蹴りはクロスポイント渋谷での練習の成果だが、フランス出身のトレーナー・ファビアン・ソニー氏らとのチームワークも大きな力となっている。中島は「日本人が自分に対して臭いセリフを言ったら『何こいつ臭いセリフ言ってんねん』ってなるのを、ソニー先生が言うとそういう気持ちもなくスッと入ってきます。ソニー先生の人柄が自分たちに火をつけている感じはあります」と話す。さらに「(宇山)京介くん、大谷(翔司)さんもいて、相談しながらいい練習ができています。自分が勝つことで3人でソニー先生に教わっていることに間違いがないというのを自分が証明しますというのを、3人でよく話します」「1人で戦うけど1人じゃないなっていうのはクロスポイント渋谷にいて凄い感じます」と熱弁する。
対するポズドニアコフも11月のタイファイトでの試合でKO勝ちし、良い感触を保ったまま代々木のリングに戻ってくる。中島は4月の完敗から8カ月、練習拠点を変えてから4カ月で、正直、差を埋める時間が十分だったとは言い難いものの、これまでの中島の成長と今後の進化の可能性を確認する絶好の機会となる。
井上拓真に敗れた直後、天心はXに「負けたからなんだ 何も変わる事なんてないよ 人生実験です 挑戦し続けます」と記した。中島もKNOCK OUTの王者とはいえ、対キックボクシング、対ポズドニアコフにおいては挑戦者の立場。競技を超え、挑戦する彼らを今後も見守り続けていきたい。
執筆
バウトレビュー
井原芳徳

